アスペルガーな日常や趣味やFC刈谷について
旬を過ぎた話題をお届けする、アウトレットブログ!
<< April 2012 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
あけました
はい、ということでですね、新年も始まって随分と経ちましたが、ようやく今年最初かつ久々の更新ですよ。

思えば昨年の秋以降は本当に色々ございまして、転職があったり祖母の死去があったりと、激動の下半期でございました。

特に祖母が亡くなったことは大変大きな衝撃で、命日の11月1日以降は、自分を含めた周囲の人間の生活が一変するほどのことだったのです。

このへんも含めて、またぼちぼちと更新していきたいと思います。

仕事にも少しずつ慣れてきて、まあ肩の力を抜いて生きていくつもりです。

そして明日は彼女の誕生日!

月曜日は親父の誕生日!

彼女の誕生日はある程度考えてあるから良しとして、親父の誕生日をどうするか思案せねば・・・。
韓国・全北現代サポーターが「日本の大地震をお祝い」と書かれた横断幕を掲出
久しぶりに書くサッカーの記事が、こんなにも悲しく腹立たしい内容であることに、大きな憤りを感じます。



C大阪怒り心頭 スタンドの「大地震をお祝い」横断幕に抗議

※以下、リンク元からの記事引用

全北のスタンドに心ない言葉が書かれた横断幕が掲げられ、C大阪側が抗議するハプニングがあった。 

 「日本の大地震をお祝い(し)ます」などと東日本大震災を中傷する内容で、C大阪側の指摘を受けて前半途中に撤去されたものの、C大阪関係者は怒り心頭だ。

 ベルギー1部リーグではリールセの日本代表GK川島がゲルミナル・ベールショットのサポーターから「フクシマ」と連呼されて問題になったばかり。C大阪側は試合後、AFCに抗議文を提出した。


※引用ここまで



まず一言。



絶対に許さない。



例えこの後どのような事態を迎えようとも、絶対に許さないし許されるべきことではない。

国がどこであろうと関係ない。

怒りに震えるとはまさにこのこと。

人間の所業ではない。

被災者や日本国民の気持ちを踏みにじる行為であると共に、サッカーという競技のイメージを失墜させる行為であることが許せない。

この件は、さすがにマスコミも報道するでしょう。

だって、川島がベルギーでゲルミナルのサポーターから「カワシマ!フクシマ!」というヤジを浴びたときは、各局揃って報道していましたから。

ゲルミナルはその後謝罪し、被災地への募金も行ったそうですが、この件はこの後どうなることやら。

ゲルミナルの一件とは比較にならないほど直接的で心無い言葉が並んでいるわけですから、マスコミ各社は報道しないと整合性が取れませんよ。

テレビを始めとしたメディア各局の事実や、彼らに対して言いたいことも多くありますが、それをここに書き連ねると止まらなくなるので、この記事では控えます。

それと、セレッソ大阪はAFCに抗議なんていう生温いことではなく、事の重大さを鑑みてFIFAに抗議すべき。

FIFAは人種差別に対してナーバスになっていますが、これもその人種差別に肩を並べるレベルの大問題だと思いますよ。

とりあえず、セレッソには何らかの形で意見を伝えてみるつもりです。



自分の応援するクラブや、自分の生まれ育った国に誇りがあるのならば、こんなことは絶対にしないはず。

こんなことをすれば、応援するクラブにも、自分の国にも傷がつくし、他のサポーターや国民にも大きな迷惑がかかる。

例え自分が「サポーターの一人」という単位の小さな存在であっても、スタジアムで応援をすれば、自分がクラブを代表する一員にもなり得るし、それが国際的な舞台であれば、その国を代表する一員にもなり得る。

自分が悪いことをすれば、それがそのクラブや国の印象にそのまま跳ね返る。

そんなこと、人の心と恥、そして考える力さえあれば、簡単にわかることだと思うのだが。

人の振り見て我が振り直せというが「外国人から見た自分は、日本人の代表にもなり得る」ということを、肝に銘じておきたい。
「お化けが怖い!」というお子さんに、水曜どうでしょう
「お化けなんてないさ お化けなんてウソさ」という歌があるように、子供はお化けや幽霊が苦手な場合が多いですよね。

いや、大人にも怖がる人は多いでしょうか。

未だに心霊特集なんていうのも各メディアでちょくちょく見かけますし、こうしたオカルティックなものというのは、人間の心理からして滅することはないのでしょう。

そんな折、ふと思い出して「水曜どうでしょう」の企画「四国R-14」を見ました。

四国R-14自体はドラマになっていて、バラエティである水曜どうでしょうの中では異端の企画ですが、僕は指折りの名企画であると思っています。

諸般の事情で「どうでしょうクラシック」では放送されないため、まだ見た事がないかたも多いと思いますので、詳細を語ることは避けますが、一言で言うと「怖いけど泣ける作品」でしょう。

「怖い」という形容詞と「泣ける」という動詞が「けど」という接続詞で繋がっていることが、この作品の最大の魅力。

初めて四国R-14を見てから随分と経ちますが、未だに見る度にボロボロと泣いてしまいます。

さて、今回の記事で取り上げたいのは、この作品の最終話のエンディング。

脚本を書いた嬉野さんが、奥様に言われた言葉を、ラストでモノローグに仕立てているのです。

その言葉が何とも面白く、お化けや幽霊を恐怖の対象と捉えている人にとって、恐らく印象に残るであろうと思います。



ぼくの奥さんが、こんなことを言いました。
「霊はね・・・会いたがってる人がいるから会いにくるの・・・」
それを聞いて、ぼくは 幽霊とか怖くなくなりました。
だって大泉くんが本当に死んじゃって
会いに来てくれたら
うれしいに決まってるもの。
そんなことを思いながら、
ぼくは この物語を書いていました。  嬉野雅道



水曜どうでしょうを隅から隅まで、穴があく程見てきた僕は、この言葉を読むだけで涙がボロボロ出てきてしまいます。

それと同時に、自分の大切な人や家族、友人がもし亡くなってしまって、その後ある日突然「元気?」なんて目の前にひょっこり現れたら、嬉しいと同時に、やっぱりボロボロ泣いてしまうだろうなーとも思いました。

嬉野さんのこのモノローグを読んで、なんだか幽霊やお化けといったものに、急に親近感や温かみを覚えたものです。

だって、それまでは幽霊に対して「嬉しい」とか「会いたい」とか「ホッとする」なんて感情を抱く可能性すら、全く頭の中にありませんでしたから。

「お化けが怖い!」「幽霊が怖い!」といって、泣き喚く子供がいたら、この言葉を伝えてみるのもなかなか面白いのではないでしょうか。
台風15号とマスコミ
台風12号に続き、台風15号も日本列島に甚大な被害を与えました。

紀伊半島では、先の台風で出来た所謂「土砂ダム」の状況に気を揉み、また淡路島など各地で浸水の被害が出ました。

僕の住んでいる地域も例外ではなく、我が街や近隣の市町村でも多くの被害が確認されています。

僕の親戚には漁業を営んでいる人間がいるので、台風の接近に伴い漁もストップ。

当然生業ですから、経済的にも損失があったわけです。

名古屋市では庄内川が氾濫し、流域の会社からの救助要請があったり、行政の避難勧告が100万人に及んだりと、多くの場所で物質的、経済的、また精神的な被害がありました。

にも関わらず、夕方〜夜のニュースの報道では「東京で帰宅困難者が!東京で木が倒れました!東京で!東京で!東京で!関東直撃です!」の連呼。

東京より遥かに被害が大きいであろう西日本や、夜以降に台風が接近する可能性が非常に高かった被災地東北に関する情報は、東京のそれよりも少なかった始末。

おかしいと思いませんか?

日頃から思っていますが、東京なんていう一都道府県のローカル情報を、わざわざ全国に一斉に送信する必要なんてないでしょう。

「東京ではこれが流行っています!東京では今こんなことが起きています!東京ではこんな出来事がありました!東京にこんなスポットが出来ました!今週末東京でこんなことがあるんです!」

こんなことを伝えられるよりも「近所の公民館でこんな催しがあります!近所の公園でこんなイベントがあります!近所の子供がこんな活躍をしています!」という情報を、ケーブルテレビやネットで知ったほうが、よっぽど有益。

地方の情報需要と、東京様の情報供給に大きな齟齬があるんですよ。

それを考えると、ローカル局やケーブルテレビ局、あるいは地元ラジオ局やコミュニティFM局といった、小さなメディアの情報のほうが「情報の持ち腐れ」を引き起こしにくい。

大きなメディアに求められるのは、国政や大事件、世界の潮流といった「日本という国全体と、世界規模の出来事」に関わることを流すこと。

それ以外の首都圏の情報なんて、絶対に今の分量は必要とされていない。

まして、自社の利益のために特定の分野をプッシュするような、反抗公共的かつ偏向した姿勢など言語道断。

テレビを始めとする今のマスコミ自体が不要であるという声が大きいですが、常日頃からこんなことが積み重なっているわけですから、そりゃ当然な話ですよ。

随分前から僕のテレビは、ほぼ「ゲームとスカパー専用」という状態になりました。

それと、フジテレビ系列はテレビの設定でチャンネルスキップにしておきました。

ものすごく快適です。

だって、見るだけでストレスになるものから開放されたわけですから。

テレビ関係者の皆様は「嫌なら見るな」って言ってるわけですから、お互いにとって何の損もない関係ですよ。

タダでも見る気が起きない物は見ないし、ゲームやスカパーのように「金を払ってでも楽しみたい物」には、惜しまず金を使う。

自分にストレスを与える番組に加担しているスポンサーの商品は買わない。

個人単位での資本主義って、こういうことなんじゃないかと思います。



今日は少し硬い文章を書いてみました。

情報を扱うメディアというのは、個人の生活や子育て、あるいは障害者に対する理解のために必要不可欠な部分だと思いますから、多少硬めの内容でも書きたいと思っています。

でも本当は、もっとおちゃらけて楽しいことを書きたいんだけどね(笑)
いざ、また冒険にゆかん!!
最近、久々にスーファミのゲームをプレイしております。

つい先日までは「糸井重里のバス釣りNO.1」をプレイ。

「うっほー、やっぱり落合のブレイクは釣れるわ!」とか、大寒ワンドで大物とファイト中に「立ち枯れ邪魔!ライン切れる!」とか、プレイ経験のある人にはわかってもらえそうなことを繰り返しておりました。

やたら外道のニジマスばかり釣れて、危うく「糸井重里のマス釣りNO.1」になってしまうところだったり・・・。

ですが、BACのメンバーズカードが一つランクアップしたところで、別のゲームをプレイしたくなり中断。

ということで、久しぶりに「ミスティックアーク」をプレイし始めました。

「アンデハートをガードフィギュアに変換する作業」にハマるなどの経験があり、未だに最後までプレイしたことがないので、今回こそはクリアを目指したい!

しかし、ソフトを本体に挿してもなかなか起動せず。

仕方がないので、カセットを「ふーふー」したりして、何度もトライ。

ようやく画面が映った!と思ったら・・・


データ消えとるがな!


アンデハートのおかげでやたらに硬くなった主人公が入ったデータも、彼女がプレイしていたデータもロスト。

とりあえず、その旨を彼女にメールで報告。

刈人:ミスティックアークのデータ消えてた(´・ω・`)
彼女:Σ(゜ω゜) (´・ω・`) (´;ω;)

すまない・・・だが、デリケートでナイーブなスーファミさんに非はないのだよ・・・。

そんなわけで、再度初めからプレイしております。

ちまちまやっておりますが、とりあえず果物の世界でコスッカラを倒し、光のアークを手に入れたところまで進めました。

その後、フィギュア闘技場に入り浸っております。

いやストーリーを進めろとね。

この後も間違いなく「アンデハート狩り」に勤しむことになると思うので、恐らくクリアは相当後になりそうな予感。

せっかく力のアークで具現化したトキオも「またレミールとアンデハートを狩る作業が始まるお・・」と思っていることでしょう。

いや、だからストーリーを進めろとね。

とりあえず、ミスティックアークの進行状況に関しては、また何かあったら書きます。



そうそう、ところでこのミスティックアーク、スーファミ時代のエニックスが生み出した「好みの分かれるRPG」として、一部のファンに愛されている作品なんです。

酒場のマスターに「・・・それにしてもあんた無口だなあ」と言われるほど喋らない主人公たち。

何の目的のために冒険をするのか、今ひとつはっきりしない世界観。

「さあ、ちからみなぎる、おれが相手だ!」「休みには、外の光を浴びよう」「闘う君のひとみは、いつも美しい」「ヘイ、たたかってるぜ!」「洞窟の深淵で僕たちを待ちうけるやつらは、ちょっと手強いぞ」など、前衛的なタイトルのBGMの数々(サウンドトラックは貴重品)。

個人的には「座り心地の悪いRPG」だと思っています。

そんな作品を、そろそろベタでも良いから移植してもらえないかなー、と。

スーファミのカセットも電池が心配だし、何せ飛びやすいので。

BGMを作曲した森彰彦さんが亡くなっているので、何かと手間がかかりそうな気もしますが、音源をキレイにしてくれれば個人的には歓迎。

ドラクエやFFのリメイクが主な仕事になっているスクウェア・エニックスなら、やってくれても良いんじゃない?

でも、今のスクエニに期待するのも難しいし、仮に実現しても劣化リメイクになりそうだな・・・。

アーカイブのような形で配信してもらうのが一番かな。

まあ何にしても、ミスティックアーク、おすすめです。

中古ゲームショップに行けば数百円で買えると思いますので、興味があれば是非プレイしてみてください。

そして、最初のクロウとの戦闘で苦しんでください。
僕はこの世界の貧乏神になる?
東日本大震災から半年が過ぎました。

今年は災害の多い年のようで、先日も紀伊半島を豪雨が襲いました。

僕も春先に和歌山方面へ旅行に行きましたので、惨状に心を痛めております。

・・・ただ、ここで一つ個人的に気になることが。

先ほど「春先に和歌山方面へ旅行に行った」と書きましたが、どうも最近「僕が足を運んだ場所に災いが訪れる」という法則が続いているような気がいたしまして・・・。

ここ数年旅行で訪れた場所や、仕事で出かけた場所などに、不幸な出来事が重なるのです。

主な一覧を書き出しますと・・・



2010年春:東大寺修二会お水取りへ。→数日後、春の嵐でスギの木が倒れ、春日大社の石灯篭が破損。更に奈良公園の鹿が矢で射抜かれ死亡。

2010年:東京電力と関わる仕事で福島へ。更に別の仕事では女川へも。→東日本大震災。福島原発事故発生。女川町は津波被害で壊滅。

2010年夏:新潟旅行→翌年夏、新潟で豪雨被害。

2011年春:祖父に誘われ、数年ぶりにナゴヤドームで野球観戦→その試合で金本の連続試合出場記録がストップ。

2011年春:和歌山へ旅行。新宮の熊野三山を参拝。→紀伊半島を豪雨が襲い、熊野那智大社や熊野本宮神社に被害発生。

2011年夏:岡山県の湯原温泉「砂湯」へ出かける。→台風12号に伴う豪雨で、砂湯が水没。



最初のうちは「たまたまだよな」と思っていたのですが、今年の夏に新潟と和歌山で豪雨被害が続いたのをきっかけに「これは意外とシャレにならんのでは・・・」と思い出した次第。

しかも、僕自身には何の被害もないということもあり、まるで僕が貧乏神であるかのよう。

割と真剣に「お祓いにいったほうが良いのか?」と思うのですが、既にいくつか神社に被害を出しているので、お祓いに行った神社にも災厄が降りかかるのではないかという危惧を抱いております。

かといって、出かけるのを控えるというのも・・・。

あまり気にしないほうが良いとは思うのですが、こうも続くとちょっと引っかかるのであります。
公共の場でのマナーを守れない子供と、その親
自分の身の回りで起こった体験で、愚痴を言いたくなることがあったので書きます。



公共の場で、複数人の子供を連れている2人の母親がいました。

母親同士が仲が良いのでしょうか、全体で6〜7人程の子供がいたと思います。

年齢の幅は、恐らく小学校高学年〜未就学ではないでしょうか。

この子供たちが非常に騒がしい。

騒がしいだけならばまだ我慢できるものの、はしゃぎ回って完全に周囲の迷惑となっている。

当然、同じスペースにいる自分達にも迷惑が降りかかる。

母親のほうは子供たちに注意こそするものの「そんなことしちゃダメよ」と、やんわり口で言うだけ。

あまりにも何度も迷惑を被ったので、僕のほうも流石に「これはいかん」と思い、母親に向かって注意をしました。

すると、その母親は「子供たちに謝罪をさせ、自分は何も謝らない」という行動に出たのです。

これが僕には許せなかった。

この場合、僕は「母親が謝ること」が筋だと思うし、騒ぐ子供たちを制御できない母親に責任があると思っています。

ですが、この母親の態度はそうではなかった。

そこで「謝るのは子供じゃないでしょ?」と母親に問うと、帰ってきた答えは「何なんですか?」



もうね、呆れて物も言えませんよ。

こういう親、最近多過ぎませんか?

「子供だから仕方ない」「子供のやったこと」etc・・・

言わせてもらいますが、子供の恥は親の恥であり、子供の責任は親の責任ですよ?

恥も外聞もなく、ろくな子育てのできない親、増えすぎでしょう。

子供が可哀想。

少子化の原因は色々あると思いますが、個人的には「周囲にまともな親が少ない」というのも一因としてあると思いますよ。

だって、こんな親ばかりがいる環境、国で、子育てをしたいと思いませんもの。



ただ、今回の件も含めて「公共の場でのマナーを躾けられない」という問題については、単に注意をしたりという部分で済まさずに「原因がどこにあるか」という部分にまで踏み込んだほうが良いでしょう。

僕も母親に注意をした後「何故あの子たちは母親の言うことが聞けないのか?」ということについて考えました。

あくまでも個人的な考えですが、あの子たちの家庭は「父親が機能不全」である可能性があるのではないかと思います。

家庭における両親の役割としては「母親が普段から注意をし、いざというときは父親が出てきてビシっと叱る」というのが一つの形です。

もちろんこれが全てではなく、また理想の形でも最良の形でもないとは思いますが、この形がバランスの取れたものであると僕は思います。

しかし、恐らく先述した子供たちの家庭では「母親が普段から注意をするものの、父親は叱らない若しくは育児に参加していない」という形になっているのでは。

あくまでも仮定の話でしかありませんが、こうなると「抑止力となる存在」がないので、ルールやマナーを守れなくなる。

そんなことを考えていました。

ですから、もし僕の考えが当たっていたとすれば、母親を注意したものの少し同情する部分もあります。

子育ては大変なことですし、基本的に育児の批判を浴びて強い風に晒されるのは母親ですから。

本当は、子供は「両親を含めた家庭、更に社会で育てるもの」だと思うんですけどね。



既に長い語りになりましたが、書き続けると何ぼでも書けてしまいそうなのでこの辺りで・・・。

それと、僕ももっと上手く注意が出来るようにならないとなー。
自閉症者の思考回路
久々に発達障害関係の記事を書きます。

僕は、アスペルガー症候群という発達障害を持っています。

一方で、自分以外の発達障害者(自閉症、ADHD、LD等)の方とも触れ合う機会があります。

そうした機会がある度に思うのですが、やはり発達障害者の千差万別で、それぞれの方にそれぞれの特徴があるのです。

自分自身が発達障害に関する知識を日々蓄えていても、毎度毎度一筋縄ではいかない場合が多い。



先日、とある自閉症のお子さんとお会いする機会がありました。

普段、なかなか自閉症の方とは接する機会がないので、色々と勉強になったのですが、その中でも「自閉症者の思考回路」という部分に、興味深い発見があったのです。

自閉症者(今回の場合は自閉症児)の頭の中をイメージするとき、例えとして「ファイルノート」を引き合いに出すと、イメージがしやすいのです。

よく100均や文房具店に売っている、プリントや資料を挟んだりまとめたりできるあれを思い浮かべてください。

自閉症者の頭の中というのは、その「プリントや資料を入れられる容量」というのが、べらぼうに多い。

単純な情報であれば、恐らく非常に多く記憶できるのでしょう。

ただし、その情報を関連付けることが困難である場合が多い。

別のページに挟んでおいた、似たような情報の資料であっても、それらの関係性を見出すことが難しい。

例えば「青信号は進んでも良い」ということと「赤信号では止まる」ということは、それぞれ単独の事象として認識することはできても、二つを関連付けて覚えることがなかなかできない。

これは自閉症者に限らず、発達障害者全般にもある程度共通する部分があるかもしれません。

そして、この特性が発達障害者の「困り感」につながっているのではないでしょうか。

個人的には、ファイルノート以外の例えとして「異様に記憶容量の大きいハードディスクを積んでいるが、処理能力が非常に低いパソコン」というのも、割と的確だと思っています。



僕がその子供と接した際に困惑したのが「いっしょにえをかこう」という言葉をかけたときの反応。

僕はもちろん「一緒に絵を描こう」と言ったつもりでしたが、その子は絵ではなく「ひらがなの『え』」を書いたのです。

通常「いっしょにえをかこう」という提案をされた場合、その「え」が、いわゆる絵画の「絵」であるということは、容易に想像がつきます。

しかし、その子には先述したように「情報を関連付けることが苦手」という特性があるので、その「え」を「ひらがなの『え』」であると認識してしまったのでしょう。

僕は「一緒にお絵かきをしよう」という言葉に切り替えて、その子に理解してもらいました。



日本語は特に「同音異義」が多い言語ですから、こうした言語分野で苦労をなさる親御さんや関係者は多いと思います。

これから先、今あるような言語指導の方法ではなく、このような部分も考えた言語指導が必要になってくるのではないでしょうか。
夏は怪談
これは、ある夏の夜のことです。

友達の家に遊びに行った彼女を迎えに行くため、夜9時ぐらいに、その友達の家へ行きました。

あの日は天気が悪くて、激しい雷雨の中、車を走らせて行ったことを覚えています。

その友達の家というのは、鬱蒼とした森の中にポツンと建っているログハウスなんです。

目的地に着いてから私は車を降り、家に向かって歩き始めました。

私は「なんか嫌だなー、嫌な気配がするなー」と思いながら、家に向かって歩を進めました。

扉をガチャ!と開けて中に入ると、家には友達の妹さんが1人漫画を読んでいました。

ただ、彼女の姿がないんです。

仕方がないので、私は妹さんに挨拶を済ませ、彼女が姿を現すまでリビングで待たせてもらうことにしました。

私がリビングでテレビを見ていると、突然外でビカッ!と何かが光りました!

雷にしては数が多く、やけに低い位置で光るそれは、まるでカメラのフラッシュのようです。

しかし、ここは森の中。

そんな台数のカメラがあるわけないですし、ましてカメラを使う人間もいるわけがない。

なのに、木々の合間から閃光が迫ってくる。

私は「気持ちが悪い・・・一刻も早く彼女を連れてここを逃げ出さなければ!」という気持ちになり、心臓が萎んでいくような感覚になったのです。

すると突然!玄関のドアが開き、男が入ってきました!

私は咄嗟に身構えましたが、入ってきたのは友達のお父さんでした。

お父さんが優しく「コーヒーでも飲む?」と声をかけてくれたことで、私は少し平静を取り戻しました。

私は再びリビングでテレビを見始めました。

しかししばらくすると、突然風呂場のほうからシャーッ!という音が聞こえるのです!

私は一瞬驚きましたが、その音は誰かがシャワーを浴びている音でした。

そして友達の妹さんが「ああ、彼女なら今お風呂に入っているよ」という言葉を発しました。

その言葉を聞いて私はほっと胸を撫で下ろすとともに、その言葉をもう少し早く聞きたかったと思ったことを、今でも覚えています。

ですが、彼女を待っている間にも、森から放たれる無数の光は全く止まることを知りません。

コーヒーを飲んで少し落ち着いていた私でしたが、嵐の森から無数の光が飛び込んでくる光景を見続け、ついに平常心を失ってしまいました。

「ああ!これはもうダメだ!絶対に何かがいる!早く彼女を連れて帰らなければ!」

そう思ったその瞬間!突然風呂場の扉が開いたのです!

私は「ああ、彼女がお風呂から出たんだ。これでやっと家に帰れる。」と思い、肩の力が一気に抜けていきました。





しかし、風呂場から出てきたのは見知らぬ女でした。





私はこんな女を見たことがありません。

髪は黒くやや短め、身長は女性にしてはやや高かったでしょうか。

その女は不敵な笑みを浮かべながら、私のほうに向かってきたのです!

「誰だお前は!俺の彼女をどこへやった!」

私のその言葉も全く意に介さず、女は顔を私に近づけます。

「やめろ!やめろ!うわああああ!」

恐怖のあまり、私は目を瞑りながら大きく左手を振りかぶり、その手を女の頬へ思い切りぶつけました!




次の瞬間、私の耳には「ぼふっ」という音が聞こえたのです。




目を開けると、私の横で彼女が



(゚Д゚)



こんな顔をしてベッドの上で寝ていました。




そうです、私は夢にうなされた挙句に寝ぼけて、隣で寝ていた彼女を思いっきりビンタしていたのです。

寝返りという枠に収まらないそのアウトローぶりに彼女も驚愕し、しばらく呆然としていました。

その後事情を説明し、事態を把握した2人は、大笑い。

ビンタが命中した箇所が左肩だったから良かったものの、彼女にとっては相当な驚きだったようです。

あまりにも綺麗に命中した全力の左ビンタは、まるで「戦士のパジャマ」でも装備していたのかと思うほど。

時計を見ると、彼女に「起こして欲しい」と頼まれた7時ちょうど。





もしかすると「彼女を起こさなければ」という強い念を感じ取った「何か」が、僕を動かしたのかもしれませんね・・・。

A rather than B ?
 まずは一枚のポスターをご覧頂きたい。


容姿端麗なる美女が2人写っているこのポスター。



ここで質問です。

「あなたは、この2人のどちらがより美しいと思いますか?」



このポスター、彼女と2人で買い物をしていた際に、たまたま目にしたものなんです。

で、僕が「左の子、可愛いなー」と言ったら、彼女の口から

「君ってさー、何人か女の子がいると必ず微妙な子を選ぶよね」

という言葉が発せられたのです。(※本当はもっときつい言葉でしたが)

いやいやいやいや、どう見ても左の子のほうが可愛いでしょ!

浴衣が似合ってるのも左の子だし、何と言うか「奥ゆかしさ」というか「しっとり感」があるじゃないですか。

確かに、僕は「あかぬけない感じの子」が好きではありますけど、それにしても「必ず微妙な子を選ぶ」は言いすぎではないかと。

ちなみにこの2人、「miu(ミュウ)」というユニットで、左の女性は中里真美さん、右の女性は高崎愛梨さんとおっしゃるそうです。

どちらもお美しい女性だと思いますが、僕は中里さんのほうが好み!

既にブログもブックマークしております。

しかし、このポスターを見た方が、どう思うのかが気になるなー。

自分の感覚は「彼女の指摘の通り」なのか・・・。

ちなみに、このポスターが掲示されている銀だこは、8月8日に「たこ焼き一舟半額券」をプレゼントするとのこと。

もしポスターが貼ってあれば、一度見てはいかがでしょうか?

最後に・・・



中里さんも高崎さんも綺麗だけど、僕は中里さんのほうが好きだ!



よし、いい感じに締まったな、うん。